宮崎 祥一 / ブランドプロデューサー
SAS Institute、Teradata、Honeywellなどの国際企業でアナリティクスのビジネス開発に携わった経験を活かし、オーセンティックマーケティングを通じて、価格競争に陥らない強いブランド作りを支援しています。オーセンティックマーケティングは、企業が本質的な価値を顧客に伝え、持続可能な成長を目指すための戦略です。このブログでは、そうした戦略や実践例を詳しく解説しています。
今日の論点
ファンになるまでのプロセスを理解する
多くの販促ツールには、商品のスペックが書かれています。他社の商品にはない機能はなにか、それがどの程度優れているのか、執拗にアピールしてきます。
しかし人が何か商品を購入する場合、まず「好き」なものをいくつかピックアップして、その後にスペックを比較します。まず「好き」の中に自社の商品が入らなければ、検討すらしてもらえません。
今回は「WHYから始めよ!」の著者サイモン・シネック氏が提唱する、ゴールデン・サークルをベースに、お客様の感情に訴えかけて、「好き」に入る方法について考えてみたいと思います。
目次
1.1 表現の違いによる感じ方の差
1.2 感情に訴えることの重要性
1.3 ゴールデンサークルとはなにか?
2. あなたのWHYの見つけ方
2.1 どうやってWHYを見つけ出すのか?
2.2 大風呂敷を広げて大丈夫なのか?
3. WHYを定着させるには仕組みが必要
3.1 まず顧客接点を洗い出せ
4. まとめ
4.1 始めに「WHY」を伝えることが重要
1. 言葉が人を動かす
1.1 表現の違いによる感じ方の差
表現の違いによって、どの程度印象が変わるのか、いくつか事例を見ていきましょう。
<機械工募集の場合>
A案
「私たちは小型で高性能なオートバイを製造しています。現在、自動車製造に事業を拡大するため、生産設備の拡張を図っています。今回、エンジン性能を高めるために機械工を募集します。給料は月額✕✕円、各種保険ならびに社員寮完備。」
B案
「一緒にル・マンを目指さないか?」
<探検隊員募集の場合>
A案
「契約社員募集、給与✕✕クローネ、防寒装備貸与、勤務地は南極、犬ぞり経験者優遇。業務の特殊性から今回は男性のみの募集とさせていただきます。」
B案
「男子求む。危険な旅。低賃金。極寒。闇の中での長い歳月。危険と隣り合わせ。生還の保証せず。ただし成功すれば名誉と称賛が贈られる。」
A案が採用条件を列挙しているだけなのに対して、B案は相手の感情に訴えかける表現になっています。この表現の違いが、この後の行動に影響を与えるのです。
1.2 感情に訴えることの重要性
本章のトップに掲載した動画は、米国のコンサルタントであるサイモン・シネック氏のプレゼンテーションです。シネック氏は著書「WHYから始めよ!」(※)で、世界の偉大なるリーダーたちのメッセージには、共通のパターンが存在すると述べています。この書籍の中でApple社を取り上げて、次のような分析を行っています。
<一般的なメッセージ>
- われわれは、すばらしいコンピュータをつくっています。
- 美しいデザイン、シンプルな操作法、取り扱いも簡単。
- 一台、いかがです?
<Apple社のメッセージ>
- 現状に挑戦し、他者とは違う考え方をする。それが私たちの信条です。
- 製品を美しくデザインし、操作法をシンプルにし、取り扱いを簡単にすることで、私たちは現状に挑戦しています。
- その結果、すばらしいコンピュータが誕生しました。
- 一台、いかがです?
Apple社のメッセージの方が、心に響くのではないでしょうか。人は感情で動きます。Appleのメッセージに共感した人たちが、次々と熱狂的なファンになっていくのです。
1.3 ゴールデンサークルとはなにか?
サイモン・シネック氏はこの違いを「ゴールデン・サークル」というコンセプトを用いて解説しています。
- What:何をしているのか(商品、製品、サービス)
- How:どうやるのか(手法、工程、差別化)
- WHY:なぜやるのか(理由、信念、理念)
一般的なメッセージは、商品を説明した後に、その方法を説明しています。「What→How 」の順番です。彼らの関心は商品の機能にあります。自社の商品の機能が、いかに優れているのかを、執拗なまでにアピールしてきます。
一方、Appleの場合はなぜそれをやるのか、まず自分たちの信念を説明した後に、方法と商品の説明をします。「WHY→How→What」の順番です。Appleにとって最も大切なことは、なぜ自分たちがこのビジネスを行っているのかなのです。だから最初にWHYを説明するのです。
Appleは自社の信念に共感する人に、商品を販売します。従ってAppleのファンが新しくPCを購入する場合、他のPCベンダーの商品は、選択の候補にすら上りません。彼らはAppleのどのPCを購入するのかは迷いますが、どのメーカーを選ぶのかは迷わないのです。だからAppleは価格競争に陥らないのです。
2. あなたのWHYの見つけ方
2.1 どうやってWHYを見つけ出すのか?
なぜそれをやるのか・・・自社のWHYを見つけ出し、顧客や従業員に対して明確に伝えることができれば、競合とは全く別のポジションを確立することができます。
過去を振り返り、さまざまな経験や価値観に触れた際に、どのように感じたのか、それらをベースにWHYを見つけ出すことが大切です。
そうして見つけたWHYを短い文章に落とし込むのですが、サイモン・シネック氏は著書「FIND YOUR WHY(※)」の中で、簡便な方法を示しています。それは下記を埋めることです。
『 ◯◯◯ することで ✕✕✕ になる。』
◯◯◯には「貢献」が、✕✕✕には「影響」が入ります。自社は何によって社会に「貢献」するのか、またそれは社会に対してどのような「影響」をもたらすのか。この2つの項目を埋めることで、WHYを一文で表現することができると言っています。
もちろんコピーライティングに長けている方は、この方法にとらわれる必要はないと思います。要は「なぜそれをやるのか」を短い文章で表せれば良いのです。
※ サイモン・シネック, デイビッド・ミード, ピーター・ドッカー「FIND YOUR WHY」, 40-50 , (ディスカヴァー・トゥエンティワン 2019)
2.2 大風呂敷を広げて大丈夫なのか?
一度、自社のWHYを文章にしてみると、かなり大風呂敷を広げてしまったと感じるのではないでしょうか。でも大丈夫です。大風呂敷を広げても問題ありません。逆にその方でちょうど良いぐらいです。
風呂敷が小さい場合、共感できる部分が少ないため、より多くの人を巻き込むことができなくなります。もし「ル・マンに挑戦する」ではなく「エンジンの馬力を改善する」であるなら、巻き込める人はエンジン専門のエンジニアだけです。
もしアポロ計画が「人間を月面に到着させる」ではなく「新しい推進ロケットを開発する」だったなら、通信システムや着陸技術のエンジニアを巻き込むことはできませんし、そもそも国民からの後押しも望めなかったでしょう。
WHYが多くの人が共感できるものであれば、大風呂敷でも問題ありませんし、逆に大風呂敷の方が良いとも言えます。
3. WHYを定着させるには仕組みが必要
3.1 まず顧客接点を洗い出せ
いままで見てきた通り、商品の詳細や使用方法を説明する前に、「WHY - なぜそれをやるのか」を説明しなくてはいけません。営業マンがお客様を訪問した際に、商品の機能比較や差別化ポイントを話していては、販売促進にはつながらないのです。
それには個人の意識付けに依存するのではなく、組織としての仕組みを作り上げる必要があります。
まず必要なことは、顧客との接点を全て洗い出すことです。こ具体的な顧客接点をあげると、コールセンター、Webサイト、提案書、受付、営業マン、ダイレクトメール、CMなどがあります。
この全ての顧客接点において、自社のWHYを伝えるのです。たとえば、提案書や販促ツールの冒頭にWHYを記載することで、自然な流れでお客様へ説明する、WebサイトのトップにWHYを記載するなど、否が応でも説明せざるを得ない状況を作り出す必要があります。
個人プレーではなく組織で対応することで、それが企業文化となり自社のブランディングにもつながってくるのです。
4. まとめ
4.1 始めに「WHY」を伝えることが重要
人は感情で動きます。逆に言うと感情を動かした企業が、お客様の心をつかむと言って良いでしょう。その心を掴むために最も大切なことは、自分たちのWHYを伝えることです。なぜこのビジネスを行うのか、それをお客様にアピールしなくてはいけません。このWHYに共感した人は、あなたの会社のファンになっていただけます。
WHYに共感する人に商品を販売する。これこそがお客様と長期に渡って良い関係を築くための最善の手法なのです。