企業の収益は顧客生涯価値で決まる

芝生に座って背伸びをするキャップをかぶった女性

宮崎 祥一 / ブランドプロデューサー

SAS Institute、Teradata、Honeywellなどの国際的企業において、アナリティクスサービスのビジネス開発を担当。海外で実績を積んだ最先端のアナリティクス手法を、日本の主要企業に導入。ハイテク、金融、医薬、通信、家電、流通、小売、飲料、食品、通販業界など、幅広い分野の企業に対する支援を行う。アナリティクスの適用範囲は、マーケティング分析、リスク管理、品質管理、需要予測、在庫最適化など多岐にわたる。データ分析とブランド構築の戦略を融合させる新しいアプローチを提供するため、株式会社アルファブランディングを創業。価格競争に陥らない強固なブランド構築をサポートしている。

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今日の論点


顧客と長期的な信頼関係を築くには

顧客生涯価値(LTV:Life time Value)ですが、みなさん一度は聞いたことがあると思います。顧客が企業にもたらす収益の総額のことです。

 

まぁ、1年間に1万円を使うお客様より、毎月1,000円を使うお客様の方が、企業からすると価値が高い・・・ということですね。

 

要は常連客を増やしましょうということなのですが、これが思いのほか難しい。今回は顧客と長期的な信頼関係を構築するには、どうすればよいのかについて、一緒に考えていきましょう。

 

 



目次


1. 顧客生涯価値とは何か?


笑顔の老女と若い女性

1.1 顧客生涯価値とは


顧客生涯価値(LTV:Life Time Value)とは、顧客が企業にもたらす収益の総額を示す指標です。具体的には、顧客が初めて取引を行ってから最後の取引までの期間において、得られる利益を現在価値で割り引いたものです。顧客生涯価値を高めることで、企業は長期的な利益を確保できるため、経営の安定化にとても重要です。

 

/ 顧客生涯価値の歴史と発展 /

顧客生涯価値の概念は、1960年代から1970年代にかけてマーケティングの分野で徐々に浸透していきました。当初は、顧客の将来的な利益を予測し、それに基づいてマーケティング施策や予算の割り当てを行う手法として提案されました。

 

その後、1980年代に入るとデータベースマーケティングの発展と共に、顧客情報を分析する技術が向上しました。また、インターネットの普及や電子商取引の発展により、顧客データの収集が容易になり、企業はこれらを活用してより効果的なマーケティング施策を実施できるようになりました。

 

 

/ 顧客生涯価値を理解するための用語 /

顧客生涯価値をより深く理解するために、いくつかの重要な用語を説明します。

 

顧客生涯価値(CLV):顧客生涯価値(CLV)は、顧客が生涯を通じて企業にもたらす総収益です。これは、顧客が1回の購入で支払う平均額、購入頻度、そして顧客が企業と関係を維持する期間に基づいて計算されます。

 

顧客獲得コスト(CAC):顧客獲得コスト(CAC)は、新規顧客を獲得するために企業が支払ったコストです。これには、マーケティング、広告、セールスなどの費用が含まれます。

 

純顧客生涯価値(Net CLV):純顧客生涯価値(Net Customer Lifetime Value, Net CLV)とは、顧客生涯価値(CLV)から顧客獲得コスト(CAC)を差し引いた金額です。この値は、顧客一人あたりが企業にどれだけの純利益をもたらすかを示します。

 

 

ざっくり説明すると、購入金額、購入頻度、購入期間が分かれば、顧客が企業にもたらす総収益を計算できます。そこから顧客を獲得するために支払った金額を引けば、顧客が企業にもたらす利益、つまり純顧客生涯価値が分かるということです。

 

これらの概念を理解することで、企業はより効果的なマーケティング戦略を立て、長期的な成長と利益の最大化を目指すことができます。

 


1.2 顧客生涯価値が注目される背景


顧客生涯価値は経営の安定化にはとても重要であり、下記の背景によって近年注目を集めています。

  

1. 購買行動の変化: 近年、消費者は商品やサービスの価格や品質ではなく、企業の価値観を重視するように変化しています。そのため企業は顧客との長期的な関係を構築するために、顧客生涯価値の考え方をマーケティング戦略に取り入れるようになりました。

  

2. 企業と顧客との距離が接近:インターネットの普及により、顧客は商品やサービスに関する情報を容易に手に入れることができるようになりました。企業と顧客の距離が縮まったため、顧客は企業の信頼度や価値観に敏感になり、企業側としては顧客との信頼関係を深めることが急務となりました。

  

3. データ分析技術の進化:データ分析技術の進化により、企業は顧客の購買履歴や属性に関するデータを、容易に分析できるようになりました。これにより顧客生涯価値をシミュレーションし、マーケティング施策に活用する機運が高まりました。今後はAIの発展により、さらなる最適化が図られるものと予想されています。

  

 顧客生涯価値が注目を集めているのは、これらの要因だけではありませんが、いずれにせよ企業に取って重要な概念であることに違いはありません。企業は顧客生涯価値を常に念頭に置いてマーケティング施策を立案することが求められています。



3. 顧客生涯価値の具体的な活用事例


室内でトレーニングをする女性

3.1 具体的な活用事例:Starbucks


顧客生涯価値を使った成功事例としてStarbucksを紹介します。

 

/ 背景 /

Starbucksは、世界中に展開するコーヒーチェーンとして、顧客との長期的な関係を築くことを重視しています。競争の激しい市場での差別化を図るために、顧客体験の向上とロイヤルティプログラムの強化に注力してきました。特に、顧客生涯価値(CLV)を最大化する戦略を展開し、顧客のリピート率と満足度を高めることに成功しています。

 

/ 戦略 /

1. Starbucks Rewards プログラム

ポイントシステム: Starbucks Rewardsプログラムでは、顧客が購入するたびにポイント(スタース)が貯まり、一定のポイントを集めると無料のドリンクやフードアイテムと交換できる仕組みを導入しました。このインセンティブにより、顧客のリピート購入を促進しています。

 

特典の提供: 誕生日特典やメンバー限定のプロモーション、早期アクセスなど、リワードメンバーに特別な特典を提供することで、顧客の満足度とロイヤルティを高めています。また、季節限定のメニューやカスタマイズドドリンクの無料提供なども行い、顧客の期待を超えるサービスを提供しています。

 

2. モバイルアプリ

簡単な注文と支払い: Starbucksのモバイルアプリは、顧客が簡単に注文と支払いができるように設計されています。顧客はアプリを使って事前に注文を行い、店舗で待たずに受け取ることができ、レジでの待ち時間も短縮されます。また、デジタルウォレット機能を搭載しており、キャッシュレスでの支払いが可能です。

 

個別のオファー: アプリを通じて、顧客の購入履歴や嗜好に基づいた個別のオファーやプロモーションを提供しています。例えば、新商品の割引クーポンや、お気に入り商品のポイント倍増キャンペーンなど、顧客一人ひとりに合ったオファーを送ることで、購入頻度と平均購入金額を増やしています。

 

3. パーソナライゼーション

パーソナライズドマーケティング: Starbucksは顧客データを分析し、個々の嗜好や行動に基づいたマーケティングメッセージを送信しています。特定の商品に関するクーポンや、新商品情報を顧客に合わせて提供するなど、パーソナライズされた体験を提供することで、顧客のエンゲージメントを高めています。

 

フィードバックの活用: 顧客からのフィードバックを積極的に収集し、それを基にサービスや商品の改善を行っています。例えば、顧客が好むフレーバーの導入や、店舗環境の改善など、顧客のニーズに応える取り組みを強化しています。

 

 

/ 成果 /

顧客ロイヤルティの向上: Starbucks Rewardsプログラムにより、多くの顧客がリピーターとなり、継続的に店舗を利用するようになりました。特典やポイントシステムが顧客にとって魅力的なインセンティブとなり、長期的な関係を築くことができています。

 

売上の増加: モバイルアプリの導入により、顧客の利便性が向上し、注文回数が増加しました。さらに、個別のオファーにより顧客の購入金額が増加し、全体的な売上も向上しました。特に、アプリ経由の売上は全体の30%以上を占めるようになり、顧客のアプリ利用率の高さが売上増加に寄与しています。

 

データ活用による効率的なマーケティング: 顧客データを活用することで、より効果的なマーケティングキャンペーンを展開できるようになりました。パーソナライズドマーケティングにより、顧客一人ひとりに最適なメッセージを届けることが可能となり、マーケティングの効果が向上しました。また、マーケティングROI(投資対効果)が大幅に改善されました。

 

 

/ 成功要因 /

リワードプログラムの魅力: ポイントシステムや特典提供による顧客インセンティブの強化が、顧客ロイヤルティを高めました。顧客がスターバックスを選び続ける理由となり、リピート率の向上に寄与しています。

 

テクノロジーの活用: モバイルアプリを活用した注文・支払いの利便性向上と個別のオファー提供が、顧客体験を向上させ、リピート率を高めました。アプリの直感的なデザインと使いやすさも、顧客の満足度を高める要因となっています。

 

データドリブンのマーケティング: 顧客データを基にしたパーソナライズドマーケティングが、顧客満足度と購入頻度の向上に寄与しました。データ分析により、顧客のニーズや行動を的確に把握し、タイムリーかつ関連性の高いオファーを提供することが可能になりました。

 

フィードバックの重視: 顧客の声を積極的に収集し、それを基にサービスや商品の改善を行うことで、顧客のニーズに応え、満足度を向上させました。顧客とのコミュニケーションを大切にし、信頼関係を築くことが成功の鍵となっています。

 

 

Starbucksは、これらの戦略を通じて顧客生涯価値を最大化し、競争の激しい市場での成功を収めています。顧客中心のアプローチとテクノロジーの活用が、長期的な成長と利益の拡大に大きく貢献しています。



2. 顧客生涯価値の実装ステップ


ネットワークの概念図とパソコンを操作する男性

2.1 顧客生涯価値のマーケティング基本戦略とは


顧客生涯価値をマーケティングに活用する際に、下記4点に留意して進めることをお勧めします。

 

1. 顧客の課題に対する理解と対応:顧客に対するアンケートやインタビューを通じて、顧客の課題や悩みを把握することが大切です。また、SNSの投稿やレビューサイトの情報なども分析対象とすれば、より精度の高い顧客理解が得られます。

  

2. 顧客とのコミュニケーションを強化:企業と顧客との間のコミュニケーションを重視することで、深い信頼関係を築くことができます。特にSNSはインタラクティブに情報交換が可能なので、積極的に活用することが大切です。また顧客からの意見を商品開発に取り入れることも忘れてはなりません。

  

3. 顧客ロイヤリティプログラムの導入:顧客ロイヤリティプログラムを導入することで、リピート購入を促進し、顧客生涯価値を高めることができます。ポイント制度や会員特典など、ターゲット顧客が魅力と感じるプログラムを提供することが大切です。

  

4. パーソナライゼーションの実施: データ分析やAIを活用して、顧客の購買履歴や嗜好を把握し、顧客ごとにパーソナライズされたプロモーションを行うことで、顧客からの信頼度を高めることができます。

 

これらの基本戦略を取り入れることで、顧客生涯価値を高めることが可能となります。もちろん、自社の商品やサービス、またターゲット層に合わせたプロモーションが必要です。プロモーションについては効果測定を定期的に実施して、改善に努めることが大切です。 



4. 顧客生涯価値に関するメリットとデメリット


メリットとデメリット

4.1 メリット


1. リピート購入の増加: 顧客生涯価値を軸としたマーケティング施策を実施することで、顧客の課題に応え、顧客満足度を高めることにつながります。これによりリピート購入が増加し、企業の利益確保が可能となります。

 

2. 長期的な利益の確保:顧客生涯価値を高めることによって、顧客は商品やサービスを継続的に購入することつながります。これにより企業は長期的な利益を確保し、経営の安定を図ることが可能となります。

  

3. 口コミによる新規顧客の獲得:商品やサービスに対して満足度が高い顧客は、自分の知人や友人に対して、自発的にそれらを勧めることがあります。口コミでの新規顧客の獲得は、通常の広告などと比較して、高い効果が期待できます。また広告費用も不要であるため、利益の確保にもつながります。

  

4. ブランドイメージの向上:顧客生涯価値を軸としたマーケティング施策を実施することとで、企業のビジョンや価値観を顧客と共有することができ、ブランドイメージの向上に役立ちます。ブランドイメージが高まると、顧客がそのブランドを選択する機会が増え、企業の収益改善にもつながります。

  

これらのメリットを最大限に活かすには、顧客の課題や悩みを解決するような商品やサービスの開発が必要です。顧客とのコミュニケーションを重視し、顧客からのフィードバックを商品開発に活かすことが大切です。これにより企業は、長期的な利益を確保することができるのです。 


4.2 デメリット


1. マーケティング費用の増加:顧客生涯価値を高めるためのマーケティング施策には、データ分析基盤の強化、CRMの導入、ロイヤルティプログラムの実施など、多額の費用を必要とするものがあります。また、初期投資だけではなくランニングコストも必要となるため、綿密なビジネスプランが必要とされます。

  

2. 過剰な顧客依存:顧客生涯価値を重視するあまり、一部の顧客に対する依存度が高まり過ぎるリスクがあります。市場の変化や競合他社の動向などによって、その顧客が離れてしまった場合、企業として大きなダメージを受けることになります。

 

3. トレンドへの対応が遅くなる:顧客生涯価値を重視したマーケティング活動は、既存の顧客の満足度を重要視するために、新たなトレンドや、そのターゲット層に対する対応

が遅れてしまう傾向にあります。これによって、競合他社に市場を奪われることになるリスクがあります。

   

顧客生涯価値をマーケティングに活用することは、メリットもデメリットも存在します。企業は自社の商品やサービスを十分考慮した上で、マーケティング戦略を立案することが大切です。



5. まとめ


みんなで話をする笑顔の家族

5.1 顧客生涯価値の今後について


データ分析の進化やAIの活用などによって、よりパーソナライズされたコンテンツを提供することができるようになると予想されています。

またオンラインとオフラインを融合するようなオムニチャネル戦略も、注目を集めており、顧客生涯価値を高めることに寄与しています。今後も顧客生涯価値を高めるマーケティング施策は、重要視され続けるでしょう。

 

 ただメリットとデメリットがありますので、マーケティング戦略の立案には細心の注意が必要です。企業が継続的かつ長期的に利益を確保するためには、この顧客生涯価値を高めるマーケティング施策は必須だといえるでしょう。