
宮崎 祥一 / ブランドプロデューサー
SAS Institute, Avanade, Teradataといった外資系アナリティクス企業でビジネス開発分野に携わりながら、海外で実績のある先進的なアナリティクス手法を日本の国内大手企業に導入することに成功。これらの企業はハイテク、通信、家電、金融、流通、小売、飲料、食品、通販業界など多岐にわたり、プロジェクト内容も購買行動分析、顧客接点分析、需要予測、在庫最適化といった幅広いテーマをカバー。2011年には株式会社アルファブランディングを設立し、データ分析とブランド構築の戦略を融合させることで、企業の競争力を強化するサポートを行っている。

今日の論点
ブランドの支援者を増やすマーケティング手法
売上が安定しない原因の一つは、自社の商品やサービスの「ファン」が少ないからではないでしょうか?
ファンというとアイドルを応援している人たちのことを思い浮かべるかもしれませんが、ここでいうファンは、Apple社の製品をこよなく愛しているユーザーのような存在であり、熱心な支援者という表現の方が、解りやすいかもしれません。
この熱心な支援者を増やすために実施されるマーケティング手法のことを、ファンマーケティングと呼びます。どうすれば自社の商品やサービスのファンを増やすことができるのか、一緒に考えていきましょう。
目次
1.1 ファンマーケティングとは
1.2 ファンマーケティングが注目される理由
2. ファンマーケティングの具体的な活用事例
2.1 具体的な活用事例:8選
3. ファンマーケティングを実践するためのステップ
3.1 具体的な6つのステップ
4. ファンマーケティングのメリットとデメリット
4.1 ファンマーケティングのメリット
4.2 ファンマーケティングのデメリット
5. まとめ
5.1 ファンマーケティングの今後について
1. ファンマーケティングとは何か?

1.1 ファンマーケティングとは
ファンマーケティングとは、企業やブランドのファンを増加させ、そのファンとのエンゲージメントを高めることで、売上や収益の向上を図るマーケティング手法のひとつです。
少数の熱心なファンが売り上げの大半を支えている現象は、パレートの法則(80対20の法則)と呼ばれています。これは、売上の80%が20%の
顧客によって支えられているという法則です。このパーセンテージは厳密なものではありませんが、多くの経営者の方は、直感的にこの法則が成り立っていると感じているはずです。
ファンマーケティングを活用することで、熱心なファンとの信頼関係を深め、彼らのライフタイムバリュー(顧客一人あたりの生涯価値)を上げることが、収益の改善につながります。これこそがファンマーケティングを行う目的なのです。
1.2 ファンマーケティングが注目される理由
ファンマーケティングが注目を集めている背景には、市場の動向や消費者の購買行動の変化が大きく影響しています。以下にその要因をいくつかを解説します。
1. 選択肢の増加:インターネットの発展により、消費者は多くの商品の中から、自分の好みに合ったものを選択できるようになりました。これにより、企業は競合との差別化を図ることを迫られ、顧客との信頼関係を深めるために、ファンマーケティングを実施するケースが増えています。
2. SNSの普及:インターネット上の情報があまりに多過ぎるため、消費者は商品やサービスをひとつに絞り切れないという現象が発生しています。そのような場合に、最も活用されているものはSNSの情報です。友人や知人のクチコミ情報をもとに、購入するものを判断するという購買行動の変化が、企業をファンマーケティングの実施に向かわせているのです。
3. 顧客体験の重視:顧客体験(Customer Experience)とは、顧客が商品やサービスを利用する過程で受ける体験の総体を指します。近年の消費者は、自分に合った顧客体験を求める傾向が強まっており、企業はターゲット顧客に合わせたコンテンツや体験を提供するために、ファンマーケティングを活用しています。
これらの要因により、ファンマーケティングが近年ますます重要視される傾向にあります。企業には、市場の動向や消費者のニーズを把握しながら、効果的なファンマーケティングの実施が求められています。
2. ファンマーケティングの具体的な活用事例

2.1 具体的な活用事例:8選
1. オリジナルコンテンツの作成と配信:企業が動画やブログ記事といったようなオリジナルのコンテンツを作成し、それらを顧客に提供することで、ブランドが持つ価値観を伝え、ファンを増やすプロモーション活動が行われています。
事例: Red Bull
Red Bullは、エクストリームスポーツや音楽イベントなどのオリジナルコンテンツを制作し、さまざまなメディアを通じて配信しています。これにより、ブランドのライフスタイルや価値観を伝え、ファンを増やしています。
2. イベントや体験型プロモーションの実施:企業がイベントや体験型プロモーションを実施することで、顧客が直接商品と触れ合う機会を提供し、顧客とのつながりを深めます。
事例: Nike
Nikeは、マラソンやトレーニングイベントを開催し、顧客が商品に直接接することができる機会を提供しています。また、顧客が実際に商品を試すことができる、体験型プロモーションも実施しています。
3. ブランドアンバサダーの活用:企業が顧客やインフルエンサーをブランドアンバサダーとして活用し、ブランドの情報を広めます。これにより、第三者からの信頼性のある情報発信が行われ、新たなファンを獲得することができます。
事例: Lululemon
Lululemon(ルルレモン)は米国のスポーツ衣料の小売業者です。ヨガインストラクターやフィットネストレーナーをブランドアンバサダーとして起用し、彼らが自身のSNSでLululemon製品を紹介することで、ブランド価値を高めています。
4. オンラインコミュニティの運営:オンラインコミュニティとは、顧客同士が情報や意見の交換ができるプラットフォームのことです。企業はこのコミュニティを通じて、顧客の意見やニーズを直接聞くことができるので、ファンを増やすための施策のアイデアや、既存施策の改善策を見つけることができます。
事例: LEGO Ideas
LEGOはオンラインコミュニティ「LEGO Ideas」を運営しています。ユーザーは自分の作品を投稿し、他のユーザーから一定数の支持が集まった作品は、商品化されることもあり、話題となっています。
5. ロイヤルティプログラムの提供:企業がポイントやクーポンなどのロイヤルティプログラム(Loyalty Program)を提供することで、顧客への感謝の気持ちを伝え、リピートでの購入や、ファンになっていただくための一助とします。
事例: Sephora
Sephora(セフォラ)はフランスのLVMHモエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン傘下の企業で、化粧品や香水を扱う専門店です。「Beauty Insider」というロイヤルティプログラムを提供しており、購入額に応じてポイントが提供され、クーポンなどに引き換えることができます。また、このプログラムに参加することで、誕生日特典や限定イベントへの招待などの特典も受けることができます。
6. SNSでの情報発信とインタラクション:企業がSNSで情報発信を行い、顧客とのインタラクションを図ります。これにより、企業と顧客が直接コミュニケーションし、顧客が企業に対する信頼を深めることができます。
事例: Starbucks
Starbucksは、InstagramやTwitterなどのSNSを活用して、新商品やプロモーション情報を発信しています。また新商品などのプロモーションでは、ハッシュタグをつけたユーザーの投稿に対して、抽選でドリンクチケットを提供することも行っています。またユーザーが投稿した写真のリポストなども、積極的に行っています。
7. 顧客対応における品質の向上:顧客対応の品質を向上させることで、企業に対する満足度を向上させることができます。迅速で丁寧な対応や、顧客の問題解決に努力することによって、顧客が安心して商品を購入することができるようになります。また、顧客からのフィードバックを分析してサービスを改善し、顧客との関係を深めることも可能です。
事例: Apple
Appleはアップルストアやオンラインサポートでの顧客対応に、とても力を入れています。迅速で丁寧な対応により、顧客が安心感を持ち、ファン化を促進しています。また、アフターサービスやカスタマイズサービスも充実しており、顧客との信頼関係を築くことに役立っています。
8. 顧客の声を取り入れた製品開発:企業が顧客の声やニーズを製品開発に取り入れることで、顧客が求める製品やサービスが提供され、ファンが増えることが期待できます。
事例: Tesla
TeslaはCEOのイーロン・マスク氏が自らTwitterで情報を発信するなど、積極的にSNSを活用しています。またユーザーからのフィードバックを活用して、製品の改善や新機能の開発を行っています。
3. ファンマーケティングを実践するためのステップ

3.1 具体的な6つのステップ
1. コアバリューの明確化:企業やブランドのコアバリュー(価値観や理念)を明確にし、それを顧客に伝えることが大切です。コアバリューは、企業がどのようなビジョンや信念を持っているのか、またその存在意義を明確化することで、顧客からの共感を生むことができます。
- 企業のビジョンや信念を明確化する
- 社内外でコアバリューを発信する
2. ターゲット顧客の特定:ターゲット顧客を特定し、その課題や嗜好を把握することにより、効果的なファンマーケティングの施策を、検討することができるようになります。
- 顧客属性情報を分析する(年齢、性別、嗜好、地域など)
- ターゲット顧客が集まるコミュニティを調査する
3. コンテンツの作成:顧客の課題を解決するのに役立つようなコンテンツは、ファン獲得のために欠かすことができません。ターゲット顧客の関心を引くようなコンテンツを作成することが大切です。
- ブログ記事や動画などのコンテンツを制作する
- ターゲット顧客の購買行動に合わせた情報発信を行う
4. エンゲージメント活動の実施:顧客との信頼関係を深めるために、エンゲージメント活動が必要です。オンライン・オフラインでの活動を実施しましょう。
- SNSでの情報発信やインタラクションを行う
- イベントやワークショップを開催する
5. ファンからのフィードバック:顧客の声を大切にし、フィードバックを製品やサービスの改善に活かします。顧客に対してアンケートやインタビューなどを、定期的かつ継続的に行う必要があります。
- 顧客に対するアンケートやインタビューを実施する
- コールセンターやウェブサイトの苦情や要望を分析する
6. 効果測定とPDCAサイクルの実施:ファンマーケティングの成果を定期的に測定し、PDCAサイクル(Plan, Do, Check, Action)を回すことで、施策の最適化を図ります。
- KPI(Key Performance Indicator)をモニタリングする
- 測定の結果を分析して施策の見直しや改善を行う
4. ファンマーケティングのメリットとデメリット

4.1 ファンマーケティングのメリット
1. 競合との差別化が図れる:ファンマーケティングを通じて、ビジョンや信念といった企業の価値観を顧客に伝えることで、顧客との信頼関係を築くことができます。この価値観は競合他社が模倣できるようなものではありませんので、競合他社との差別化要因とすることができます。
2. 継続的なビジネス成長が期待できる:ファンマーケティングでは、顧客との信頼関係を築くことが重要です。顧客が企業や製品に対して信頼感を持つと、リピート購入や紹介での購入が増え、ビジネスの成長につながります。また、顧客が企業に対してロイヤルティを持つことで、市場環境が変化したとしても、ビジネスを継続的に維持することができます。
3. クチコミで新規顧客獲得コストが低減:ファンが商品やサービスに対して満足感を抱いていると、それを誰かに伝えたくなります。これにより自然にクチコミが広がります。このクチコミによる紹介は、顧客にとって信頼性が高い情報であり、新規顧客獲得の際に効果的です。従来の広告やマーケティング手法と比較して、クチコミによる新規顧客の獲得は、コストは低く抑えられる傾向にあります。
4. フィードバックで商品やサービスを改善:ファンマーケティングでは、顧客から直接フィードバックを得ることができます。このフィードバックを活用して、商品やサービスの改善や新機能の開発を行うことができます。顧客の課題に対して適切な対応を取ることで、顧客満足度が向上に、ファンの増加につながります。
4.2 ファンマーケティングのデメリット
1. リソースが確保できなければ効果が出ない:ファンマーケティングを成功させるためには、人材や予算などのリソースが必要です。実施する規模にもよりますが、コンテンツの制作やイベントの実施など、かなり多くのリソースを要します。十分なリソースを投入できない場合は、効果が低くなってしまうリスクがあります。
2. 成果が出るまでに時間がかかる:ファンマーケティングは、顧客との信頼関係を築くことを目的としているため、成果が出るのに時間がかかります。ステークホルダーには短期での成果を期待している人も少なからずいるため、事前の説明が大切です。
3. 顧客対応が煩雑化する:ファンマーケティングでは、企業と顧客とのコミュニケーションが頻繁に行われることになります。そのため、問い合わせの対応やクレーム処理などに、かなりの工数を割かれることになります。個人の対応に期待するのではなく、情報システムの活用などを検討し、組織立った対応をする必要があります。
5. まとめ

5.1 ファンマーケティングの今後について
ファンマーケティングは、顧客との信頼関係を深めることで、持続的にビジネスを成長させる手法です。近年、顧客の購買に対する判断が、価格や品質ではなく、価値観を共有できるかどうかに、変化してきていますので、ファンマーケティングを通じて、顧客をファンにすることは、さらに重要度を増してくると予測されています。
ただ、ファンマーケティングは、オンラインとオフラインを連携させながら実行すると、高い効果を上げることができますので、リソースの確保の問題に折り合いをつけながら、具体的な事例やステップを参考に、自社に合った施策を実施してください。