信念で差別化を図れ!

両手を組んで祈る若い女性

宮崎 祥一 / ブランドプロデューサー

SAS Institute、Teradata、Honeywellなどの国際的企業において、アナリティクスサービスのビジネス開発を担当。海外で実績を積んだ最先端のアナリティクス手法を、日本の主要企業に導入。ハイテク、金融、医薬、通信、家電、流通、小売、飲料、食品、通販業界など、幅広い分野の企業に対する支援を行う。アナリティクスの適用範囲は、マーケティング分析、リスク管理、品質管理、需要予測、在庫最適化など多岐にわたる。データ分析とブランド構築の戦略を融合させる新しいアプローチを提供するため、株式会社アルファブランディングを創業。価格競争に陥らない強固なブランド構築をサポートしている。

宮崎祥一のプロフィール写真


今日の論点


機能を訴求しても価格競争に陥るだけ

商品やサービスの機能を強化しても、すぐに競合他社に模倣されてしまいます。自社の機能強化が競合他社の機能強化を生み、顧客が全く望まない機能までも強化を図ることになります。

 

そうなると機能で差別化を図ることができなくなり、結局のところ、価格競争に陥ってしまうのです。価格競争に陥ると利益が出なくなりますので、商品やサービスを提供し続けることができなくなり、その事業から撤退することになります。

 

このような状況を避けるためには、なにをどうすれば良いのでしょうか。それでは具体的な事例を基に、解決策を考えていきましょう。



目次


1. 信念を語ることが差別化の第一歩


スタート地点に立つジーンズを履いた人の足元

1.1 機能やスペックを語るな

差別化の第一歩は、自社の「信念」を語ることから始めなければなりません。間違っても、商品やサービスの機能やスペックなどを語ってはいけません。

 

なぜこの事業を始めたのか、目指すゴールはどこなのか、どのような道筋でゴールに向かうのか、まずこの信念を伝える必要があるのです。

 

当然、あなたの信念に全く関心を示さない人たちが多いとは思いますが、あなたの信念に共感する人たちも、少なからず存在しているのです。

 

このあなたの信念に共感する人たちに、商品やサービスを提供し、自社ブランドを一緒に育むことができれば、競合他社に対する差別化となり、独自のポジションを確立することが出来ます。

 

みなさんはハーレー・ダビッドソンというバイクのメーカーをご存知でしょうか。大型のバイクを製造販売しており、テレビなどでハーレーに乗ったアメリカの無骨なオヤジたちが、列をなして海辺を走っているのを、ご覧になった方も少なくないと思います。

 

 

このハーレー・ダビッドソンが売っているのはバイクではなく「時代を超えた冒険と魂の解放」です。ハーレーより速いバイクはたくさんありますが、ハーレーほどライフスタイルを提案できる企業はありません。

 

もうひとつ、別の例を上げておきます。みなさんご存知のスターバックスですが、他のコーヒーチェーン店と比較して、雰囲気が違うと感じたことはありませんか?

 

それはスターバックスが提供しているものは「ラテ」などではなく、「人々の心を豊かで活力あるものにする」ことなのです。スターバックスのラテより美味しい飲み物はたくさんあるでしょうが、居心地の良い場所(サードプレイス)を提供できる企業はありません。

 

彼らは商品の機能やスペックで勝負するのではなく、自分たちの信念を実現することで勝負しているのです。

 

それでは、なぜ信念を語ることが競合他社との差別化につながるのか、さらに詳しく見ていきましょう。



2. なぜ信念を語ると差別化できるのか?


空に向かって投げられた紙飛行機

2.1 競争の収斂(しゅうれん)

差別化を図るために、商品やサービスの機能を強化しても、直ぐに競合他社に模倣されてしまいます。お互いが機能の強化を続ければ、その機能は似たものになり、最終的にその機能で差別化を図ることができなくなります。

 

そうなると残された道はただひとつ、価格での勝負だけです。価格競争の泥沼にハマってしまい、業績が急落してしまうのです。ハーバード大学大学院のマイケル・ポーター教授は、このことを「競争の収斂(しゅうれん)」と呼んでいます。

 

差別化は企業が生き残るために、最も重要な要素だったはずなのですが、いったいどこで間違えてしまったのでしょうか。そこで、まずは差別化戦略の定義から確認してみましょう。マイケル・ポーター教授の定義は次の通りです。

 

自社の製品やサービスを差別化して、業界の中でも特異だと見られる何かを創造しようとする戦略である。

 

差別化を行うためには競合他社との「違い」では不十分で、「特異」な何かが必要だと言っています。「特異」とは競合他社が簡単には模倣できない「独自性の仕組み」のことを指しています。

 

簡単に模倣できないもので差別化するとなると、革新的なテクノロジーを開発したり、完璧に調整されたサプライチェーンを構築したり、とてもハードルが高いと感じてしまいます。

 

しかし、その認識は誤っています。本当に必要なのは、あなた自身の「信念」なのです。顧客に自分たちの信念を伝えて、それに共感する人たちを集めて顧客にする。このことこそが、競合他社と差別化を図る上で、もっとも大切なことなのです。

 

この差別化戦略について、もう少し詳しく見ていきましょう。


2.2 ファイブ・ウェイ・ポジショニング戦略

マーケティングの大家であるフィリップ・コトラー氏が推薦する書籍に「競争優位を実現するファイブ・ウェイ・ポジショニング戦略」があります。経営コンサルタントのフレッド・クロフォード氏と、著述家のライアン・マシューズ氏によって書かれたものです。

 

彼らは3年間に渡って、消費者の購買行動を調査しました。価格、サービス、アクセス、商品、経験価値の5つの観点から、消費者の購買行動を分析したのです。その結果、消費者が求めているものは、激安価格や最高品質などではなく、自分たちの「価値観」に沿った商品を、公正な価値を提供してくれることだったのです。

 

この「価値観」を重視する傾向は、米国に限ったことではなく、日本国内でも同じことが当てはまります。

 

下記のグラフは、平成29年3月1日に経済産業省が発表した「消費者価値観の変化」に関する資料(※)です。

※:「消費者理解に基づく消費経済市場の活性化」研究 , 6-7 , (経済産業省 2017)

 

<消費者価値観の変化(自分にあったものを求める)>

グラフ:消費者価値観の変化

 60%以上の消費者が、商品そのものの価値ではなく、商品の背景やストーリーに価値を求めると答えています。また55%の消費者が、商品の背景や社会性の高さで購買を決定すると答えています。

 

企業が経営理念や信念といった自社の価値観を伝えれば、それに共感する人たちは少なくないということなのです。


2.3 ゴールデン・サークル

最近はあまり見なくなりましたが、従業員のベクトルを合わせるために、昔は毎朝「社訓」を斉唱させるという企業も少なくありませんでした。一見バカバカしいようにも思える行為なのですが、あながち役に立たないわけでもありません。

 

 

やり方は別にして、このベクトルを合わせるということは、とても重要なことなのです。米国のコンサルタントであるサイモン・シネック氏の主張を見ていきましょう。彼は著書である「WHYから始めよ!」において、企業が持つ経営理念やビジョンが、いかに重要であるのかを解説しています。

 

まず、次の2つのメッセージを読み比べてみてください。

 

サンプルA

  • われわれは、すばらしいコンピュータをつくっています。
  • 美しいデザイン、シンプルな操作法、取り扱いも簡単。
  • 一台、いかがです?

 

サンプルB

  • 現状に挑戦し、他者とは違う考え方をする。それが私たちの信条です。
  • 製品を美しくデザインし、操作法をシンプルにし、取り扱いを簡単にすることで、私たちは現状に挑戦しています。
  • その結果、すばらしいコンピュータが誕生しました。
  • 一台、いかがです?

 

サンプルAは一般のパソコンベンダーのメッセージ、サンプルBは熱狂的なファンが多いApple社のメッセージです。最初に信念を伝えることで、心に響く文章構成になっています。サイモン・シネック氏はこのメッセージの構造を、「ゴールデン・サークル」というコンセプトで説明しています。

 

ゴールデン・サークルの模式図

 

シネック氏は、心に響くメッセージを、What、How、Whyの3つの要素に分けて説明しています。

  • What:何をしているのか(商品、製品、サービス)
  • How:どうやるのか(手法、工程、差別化)
  • WHY:なぜやるのか(理由、信念、理念)

先ほどの「サンプルA」は、商品を説明した後に、その方法を説明しています。「What→How 」の順番で説明しています。

 

 一方、Apple社のメッセージである「サンプルB」場合は、まず自分たちの信念を説明した後に、方法と商品の説明をしています。「Why→How→What」の順番です。Apple社にとって最も大切なことは、「なぜ自分たちがこのビジネスを行っているのか」なのです。だから最初にWhyを説明するのです。



3. まとめ


一本道を歩く青い服の男性

3.1 信念を伝えることの大切さ

人の購買行動は、感情によって大きく動かされます。合理的に判断しているつもりであっても、全ての可能性を比較検討している訳ではありません。顧客の感情を動かすには、企業側も自分たちの感情を伝える必要があるのです。これが信念を伝えるべき理由の一つです。

 

商品やサービスの機能を強化して、最終的に価格競争に陥ってしまうのではなく、自社の信念を伝えて、それに共感する人たちに顧客になってもらうことこそ、差別化戦略を進めていくための、大きな第一歩になるのです。